靴が多い。いつのまにか、そうなっていた。
ずいぶんお金をかけていると思われている。そうでもない。高い靴はほとんどない。数だけが、増えていく。
先日、古い靴を久しぶりに出した。何年も前の靴なのに、ほとんど傷んでいなかった。
考えてみれば、当たり前だった。
靴が増えるほど、同じ靴を続けて履く日がなくなる。月に一度も履かない靴もある。どれも履かれないから、どれも擦り減らない。
昔は、一年も履けば履きつぶしてしまう靴があった。いまは、捨てる靴がない。だから、増える一方だ。
大事に履いているから長持ちしているのではない。あまり履かないから、長持ちしている。
人間関係も、似ている。
僕は、執着しないほうだ。友人にも、恋愛にも、家族にも。
それなのに、と言うべきか。だからこそ、と言うべきか。周りには、いい人が残っている。長い関係ばかりだ。
最後に、ひとつ。
ニーチェは『悦ばしき知識』の中で、愛と呼ばれるものの多くは所有欲だ、という趣旨のことを書いている。所有を求めない愛があるとすれば、それは友情だ、と。
執着は、たぶん使いすぎに似ている。
好きだからと使い続けたら、関係も擦り減るのだろうか。



