二か月に一度、美容室に行く。二、三時間、座っている。
髪がどうなるかは、あまり気にしていない。
気にしているのは、その時間が楽かどうかだ。面白いかどうか。できれば、少し役に立つ話が聞けるかどうか。
期待しているのは、髪ではない。
椅子に座っている間、何も決めなくていい。もめることもない。損も得もない。話は軽くても重くても、どちらでもいい。
ただ、楽にいられる。
こんな場所は、ほかに思いつかない。
美容室のお金は、髪に払っているのではない。楽にいられる場所に払っている。
その値段の分があったかどうかは、髪を見ても分からない。分かるのは、座っていた僕だけだ。
最後に、ひとつ。
ニーチェは『ツァラトゥストラはこう言った』の中で、価値は人間がはじめて事物に置いたものだ、という趣旨のことを書いている。
美容室の値段は、僕が置いた。髪ではなく、その場所に。
だから、髪は見ない。

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